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2019年5月16日 (木)

あなたが割った皿、割れてしまった皿×親鸞さん

浄土真宗の住職さんからこんな話を聞きました。

・産まれてきてこれでよかったのだと思うこと。

・かえる先があること。

 このような思いを持っていることが少しでも生きやすく感じるのではないかという。

・・・・

・家族や夫婦が円満になるためには、みんなが「悪」になること。

 「悪」??。

例えば、皿を割ってしまったときに、

A:「割れてしまったのは自分が落としそうなところに置いていたからだ。」

B:「割れてしまう皿を渡した私が悪かったのだ。」

自分を悪とすれば、お互いが相手を思いやる気持ちができて反発し合わない。

自分を善とすれば、「落としそうなところに皿を置いたあなたが悪い。」、

「割れる皿を買ったあんたが悪い。」ということになるのだとのこと。

善にも悪にもなれる私、煩悩だらけである私という悪人を仏は救ってくれる。

「悪人正機」(仏はまず悪人を救う。その次に善人を・・という感じでしょうか)

という親鸞さんの思想とつなげて話をされるそうです。

そのような話をされていたと思います。

私は善であるというのは傲慢につながるおそれがある。

私も善にでも悪にでもなるという自覚があれば、

他者に対しても寛容、やさしくなれるのではないかと思いました。

・・

自分をささえてくれる言葉に出会うことも、

生きるうえでは大切なものだと思いました。

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