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2017年4月16日 (日)

「国は人命に全責任を負うことはしない」 ノーベル文学賞作家アレクシエービッチさん

会員さんから
、この会の活動の参考になるとのことで、
アレクシエービッチという人物を紹介してくれました。
・・
昨年、日本に来ていたのですね。
・・
「国は人命に全責任を負うことはしない」 アレクシエービッチさん、福島で思う
2016年11月29日 朝刊
東京新聞引用:
 原発事故に遭った人々の証言を集めた「チェルノブイリの祈り」などの著作で知られる、
ベラルーシのノーベル文学賞作家でジャーナリストのスベトラーナ・アレクシエービッチさん(68)が二十八日、東京外国語大(東京都府中市)で名誉博士号を授与され、学生との対話に臨んだ。
今回の来日で福島第一原発事故の被災地を訪ねた感想を語り、
「明日すべての原発を止めることは不可能でも、
何ができるかを考え始めることはできる」と述べた。
~略~
◆アレクシエービッチさん 学生との対話詳報
 東京外語大で行われたノーベル文学賞作家アレクシエービッチさんの講演と学生との対話の詳報は以下の通り。
 学生「福島で何を思われましたか」
 アレクシエービッチさん「昨日福島県から戻ってきたばかりです。
『チェルノブイリの祈り』という本に書いたことのすべてを見たというのが、私の印象です。
荒廃しきったいくつもの村、人々に捨てられたいくつもの家を見ました。
 国というものは、人の命に全責任を負うことはしないのです。また、福島で目にしたのは、日本社会に人々が団結する形での『抵抗』という文化がないことです。
祖母を亡くし、国を提訴した女性はその例外です。同じ訴えが何千件もあれば、
人々に対する国の態度も変わったかもしれません。
全体主義の長い文化があったわが国(旧ソ連)でも、
人々が社会に対する抵抗の文化を持っていません。日本ではなぜなのでしょうか」
 学生「私は原発をなくさなくてはならないと思うが、それは可能か」
 ア「人類はいずれ原発に代わる別のエネルギー源を探し求めざるを得なくなると思います。
チェルノブイリや福島のようなカタストロフィーが複数起きることが予測されます。
自然が一枚の絵であるなら、人間は登場人物の一人に収まるという形でのみ存在が可能です。
自然に対して、暴力の言葉を操って対峙(たいじ)しようとするのは間違いです。
それは人類の自殺へ至る道です。
 明日すべての原発をストップさせることは不可能です。では、何を始められるのか。
それは何ができるか、何を作ればいいのかを考え始めることです。
ロシアのようにミサイルにお金を使うのでなく。
現在の一番主要な問題はエコロジーだと私は思います」
 学生「ロシアで『アフガニスタン侵攻は正しかった』との再評価が進んでいると聞き、危惧しています」
 ア「新たな愛国主義、命を惜しまず偉大な国を守ろうという言説が広がっています。
現代は旧ソ連の時代よりも恐ろしい時代になっています。アフガン侵攻の取材時は、
戦死した兵士の家を訪ねると、母親が『真実を書いてください』と叫んでいた。
でも、今は遺族に拒まれることが非常に多くなった。『真実を語ると遺族報償金が入らなくなる』と説明されます」
 学生「私はウクライナ人ですが、ロシアとの関係を良くするために何ができるでしょう。
また、あなたの本は両国にどんな影響を与えていると思いますか」
 ア「あなたは芸術にグローバルな役割を求めていますが、
私は宗教や芸術はより繊細なレベルで機能するものだと思います。
一人一人の人間の心を和らげるとか、人生を評価するとか。
私はアフガニスタンで死体を見ました。ひどい光景、非人間的な光景でした。
あなたのような若い人に言えることは一つ。
どんな状況であっても人間であり続けること、人間らしさを失わないことだと思います
 学生「チェルノブイリやソ連崩壊などで絶望に陥った人々はどうやって自分を救済したのでしょう」
 ア「人は意外に多くのものに救われています。例えば愛。自然や音楽、毎朝コーヒーを飲むというルーティンの行動にも、偶然にも。さまざまなつらいことがありますが、
人生は興味深く、生きるのは面白いと私は思います」

◇講演要旨
 私の本には普通の人が登場し、「ちっぽけな人間」が自分の話をします。
ささいなこと、人間くさいこと。いつも日常の言葉から文学を作ろうとしてきました。
どの本も五年から七年かけ、五百人から七百人の人生を書き込みます。
私は見過ごされた歴史を追う、魂の歴史家です。
 最初の作品では、女が目にした戦争を描きました。戦争では人間だけでなく、
命あるものがみな苦しむ。自然は声なく苦しむので、さらに恐ろしい。
チェルノブイリの原発事故は想像を絶しました。至る所に死が潜んでいました。
目に見えない、耳にも入らない「新しい顔の死」です。
これは未来の戦争、前代未聞の新しい戦争だと思いました。
 多くの放射性物質は百年、二百年、一千年は放射線を出し続けます。
放射能に国境は存在しません。
チェルノブイリは時間の感覚や空間を変え、「自他」の概念も消滅させました。
 アフガニスタン侵攻と原発事故は、ソ連という帝国を崩壊させました。
社会主義から資本主義に急転換して社会が混乱する中、プーチンはスターリン体制を素早く復元しました。
人々はおびえ、何が社会で起きているのか理解できません。自由への道のりは長い。
どうして苦しみは自由に変換できないのでしょうか。私は時代を追います。人間を追い続けます。
・・
アレクシエービッチさんの言葉から、
チェルノブイリで起きたことが、福島、日本でも起きようとしていることが
よくわかります。国、政府の姿勢も同じようだと思いました。
どんな状況であっても人間であり続けること、人間らしさを失わないこと」。
若い人たちだけではなく、
私たち一人ひとりに問われていると思います。
私自身も人間であり続けているか。
人間らしさを失っていないかと振り返りました。
日本でアレクシエービッチさんの紹介が少ない理由もわかりました。
原発再稼働を推進する国や政府にとってはマイナスになるからだと思いました。
・・
アレクシエービッチさんの言葉は、
原発事故だけでなく、
震災支援、
共謀罪、
沖縄の基地問題、
森友学園問題、
マスコミの報道の仕方など
すべてのことに通じていると思いました。
一人ひとりができることで、
声を出し、
団結していかなければと思いました。
・・
最近、アレクシエービッチ氏の活動をまとめた番組をしています。
・ノーベル文学賞作家 アレクシエービッチの旅路 第一部、第二部
・こころの時代~宗教・人生~「“小さき人々”の声を求めて」
会員さんより必見とのことです。

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