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2016年12月 3日 (土)

私たちは仏の心を忘れたか(道元禅師)

100分de名著の
「道元 正法眼蔵」を読むと、

「私たちは仏の心を忘れてしまったのか。」と

思いました。

・・
日々の生活を送ることが
修行であると、
道元は述べています。
・・
そう考えると
私たちは修行が足りませんね。
・・
『悪いことをしようと思っても、
自然に悪いことができなくなる。
善をしようと意気込むことなく、
ごく自然に善をしてしまうようになる。
心を浄くしようなどと思うことなく、
自然に心がきよまる。
そういうふうになることが「莫作」(まくさ)です。
そしてまた、それが仏道修行なのです。
悪をやめなさいと命令されずとも、
修行をして仏性(ぶっしょう)が
活性化されれば、わたしたちは自然と
悪から遠ざかっているのです。』
引用:100分de名著 ひろさちや 「道元 正法眼蔵」
NHK出版 86ページ
・・
人だけでなく、山も、水も、あらゆるものが命あるものと
道元は述べています。
・・
そう考えると、
人の命、生活を奪い、人々を分断させ、自然を破壊する
原発の再稼働は、道元がいう仏性(仏になる可能性)とは
逆の方向に進んでいるのではないかと思います。
・・
その他、
東京都の豊洲市場の問題。
安全保障関連法による自衛隊の海外派遣。・・
・・
私たちは修行が足らないのではないでしょうか。
約800年前に書かれた「正法眼蔵」。
学ぶところがたくさんあります。
・・

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